今月の映画は1960年に公開されたルネ・クレマン監督、アラン・ドロ
ン、マリー・ラフォレ、モーリス・ロネ主演の「太陽がいっぱい」で
す。
参加者8名
コロッケあり、蒸しパンあり、小豆あり、梨あり、お菓子もいっぱ
い!映画を観ながら美味しくいただきました。
物語はお金持ちの息子フィリップ・グリンリーフ(モーリス・ロネ)
をアメリカに連れ戻すよう彼の父親に頼まれてイタリアに来た、貧乏
なアメリカ青年トム・リブリー(アラン・ドロン)が、フィリップと
ローマのカフェテリアで談笑しながら、トムが絵葉書にフィリップの
サインを真似て記入しているところから始まります。
ここで彼らはフィリップの親友フレディに偶然再会。
フレディはトムに良い感情を持たず「どうしてトムみたいな奴の言う
こと事を聞くのだ」と詰問しています。この時トムはフィリップに頼
まれて買ってきたマルジュへのプレゼント「フラ・アンジェリコの画
集」を渡します。
フレディが去った後、2人は盲人から白い杖を買い、盲人の振りをし
て遊びはじめ、それを面白がった女性と知り合いになり.....
トムはその女性のポケットから彼女のイヤリングを盗み出します。
これらの出来事が2つの殺人の伏線になるのです。
モンジベッロの港からフィリップと彼の婚約者マルジュ(マリー・
ラフォレ)と一緒にヨットに乗り込んだトム。
このトムとフィリップの関係ってまるでコインの表と裏のよう。一方
は裕福で甘やかされ、もう一方はそんな彼に羨望と敵意を募らせてい
る。フィリップとマルジュの行動を監視するトムの目の陰湿なこと。
いかにも何か起こりそうです。
色々な事件が起こった後、トムはフィリップの上着に以前盗んだ女性
のイヤリングを忍ばせて、マルジュを追い払うことに成功。
船を降りるというマルジュを呼び戻そうとするフィリップに、トムは
「僕が降りようか?」って尋ねているんです。この時フィリップはイ
ヤリングを忍ばせたのが彼と分かっていて、トムを船から降ろそうと
はしない。
ヨットの中はトムとフィリップ2人だけに。物語はこの男2人の関係
が主軸になっているのですが.....その関係が主従関係であったり、ホ
モのような雰囲気の関係であったり、ライバルのような関係であった
りと、複雑に変化していきます。2人で話しているうちに流石のフィリ
ップも身の危険を感じ、ポーカーゲームをしてトムにいくらか勝たせ
ようとします。それに対してトムは「全財産もらう積もりだ」とせせ
ら笑い。そしていきなりトムの胸を刺して殺すのです。
死体に碇を乗せカーキ色のシートで包み、ロープでぐるぐる巻きにし
て海に放り投げ、2度と浮かび上がらないようにし.....
フィリップのサインを練習。彼のパスポートに自分の写真を貼り付け
フィリップになりすまします。財産ばかりでなく恋人のマルジュも奪
い取るため、フィリップのタイプライターで恋文を書いたり、フィリ
ップの声色で電話したり、トムとして彼女の前に現れる等、巧みに
トムとフィリップという2人の人物を演じ分けていきます。
マルジェを訪ね、彼女の支度が出来るまで魚市場に行って時間を潰す
場面では、魚の頭だけが切られて落ちていたり、エイの顔がアップさ
れます。この魚の顔がトムに殺した男の死に顔を思い出させているの
でしょうね。こういう映像の処理が素晴らしいです。
突然フィリップの名で借りている部屋にフレディが訪ねてきて、トム
がフィリップになりすましている事がバレ、やむなく彼を殺す羽目
に。その罪をフィリップに着せるため、フィリップの遺書を作成。
マルジュの愛も手中に収めたので、遺書に財産はマルジュにと書き、
彼女を通して財産を奪う計画なのです。
しかしこの後に劇的などんでん返しが起こり、思わず息を飲みます。
上の動画はこの物語の最後の場面です。ニーノ・ロータの曲が素晴ら
しいので、ぜひ聞いてみてください。
フィリップのヨットが動力で海から陸に曳行されて来て。
その船体と共に、フィリップの屍が船のスクリューに絡まったロープ
に引かれて、上がって来てしまうのです。そして破れた布からフィリ
ップの手が.....
このフィリップの手は、マルジェが研究しているフラ・アンジェリコ
の「受胎告知」の絵を思い出させます。絵を見ると、マリアとイエス
の手が光の帯で繋がっていますよね。フィリップの手もトムに繋がっ
ていることを暗示しているみたいですね。
全体の絵では神の手がよく分からないので、神の手をアップしまし
た。
フィリップのヨットの売買契約をする為、海に出向いた彼女を待ちな
がら、犯罪がばれたとも知らず、成功に酔いしれるトム。
注文に来たウエイトレスに
「C’est le soleil qui taperais mais à part ça,Je ne me suis jamais senti
aussi bien」
(太陽は酷く照り付けているけど、素晴らしい気分だ)
このセリフを聞いた時、英治さんの仰る通り私もカミユの「異邦人」
を思い出しました。異邦人のムルソーは殺人の動機として
「C'est à cause du soleil」(太陽が眩しかったせいだ)と太陽のせい
にしていました。この映画の原作のタイトルが
「The Talented Mr. Ripley」なのに映画のタイトルをわざわざ
「太陽がいっぱい(Plein Soleil)と変えたのも「異邦人」が念頭にあ
ったのかもしれませんね。
嬉しそうな顔で破滅に向かって歩く場面がラスト。彼を捕まえる場面
を映さないフランス映画って、観た後余韻が残り素敵だなと思いまし
た。観れば観るほど色々な発見があって、また観たい映画です。



















0 件のコメント:
コメントを投稿