前回書いたパリ出張の後、今度は初めての中近東はヨルダン出張。
 ちょうどイラン紛争が勃発した頃に予定されていたその出張は、紛争
 のせいで中近東の航空便が運航休止になった為一度は延期されました
 が、航空便の再開と共に6月には決行される事になりました。飛行機
 がいつまた運休になるか分からないので、「ヨルダンに行ったはいい
 けど娘の元に帰って来れなくなったらどうしよう?」とドキドキしな
 がら行ってみると…

ヘラクレス神殿

 ヨルダン人は思っていた以上に外国人を温かく迎えるおもてなし精神
 豊かで、ベドウィン文化、そしてイスラム教徒とキリスト教徒が共存
 してきた寛容な社会。地域的に男女平等は如何に?と思ってみている
 と、町には女性警官が多く活躍していて、それも嬉しい驚き。中東の
 中心に位置する小国ヨルダンは、古代から交易の要衝として栄え、
 ナバテア人の遺跡都市ペトラやローマ時代の街並みが残るジェラシュ
 など、(今回は行けなかかったけど)豊かな歴史遺産を数多く抱えてい
 ます。
 20世紀に独立して以降はハーシム家による王政のもと、地域内で比較
 的安定した国として歩みを続けてきました。今回訪れて浮けた死海、
 (今回は行けなかった)ペトラの遺跡など、ヨルダンは小さな国土に壮
 大な歴史と多彩な文化を凝縮した国です。実際に世界で最も古くから
 継続的に人が居住した場所の1つと言われるアンマン城塞(シタデル)を
 訪れるとギリシャ帝国とローマ帝国とイスラム王朝の面影が一
 ヶ所見られます。

死海の側の海抜0メートル(Sea Level)地点

死海
世界遺産「アル=マグタス」
キリストが洗礼を受けたとされる伝承地付近の古代遺跡

 一方、イランとイスラエルに挟まれているので、私の滞在中も何度か
 爆弾が上空を通過するという警報が鳴り、その間は屋内で待機して窓
 など割れるものから身を守りなさい、と指導されて紛争が間近である
 事を痛感。同時に、死海やキリスト教の聖地・ヨルダン川を日中案内
 してくれた運転手さんは、飛行機が深夜に出発するまで私が滞在先が
 ないと知り、お家に招いて家族にも紹介してくれました。そんな風に
 優しくおもてなし精神一杯の優しい運転手さんですが、紛争の話にな
 ると一気に険しい表情になり、「この地域に不幸をもたらしたのは
 あの国のせいだ」と某国への不満を噴出させていました…。


 そんなヨルダン出張から帰って半月後にはジュリアの学年度が終わっ
 たので、それに伴っていよいよケニアのナイロビにお引越し。
 1月頭にセネガルからモザンビークに引っ越したばかりなので、1年
 に2度の国際引っ越しはやっぱり疲れました…。出発当日は午前中の
 授業を終えたジュリアを学校で拾って空港に行ったのですが、校門に
 着くと中から泣き声をあげながらクラスメート達とジュリアが涙を流
 して出て来ました。それを見て私も涙しつつ、何とかジュリアを車に
 乗せて空港へ向かい、アディス経由でナイロビに。


 今回は引っ越し前から新住居を決め、学年度末にナイロビから転出す
 る家族からセコハンの家具などを予め買っておいたので、ナイロビに
 到着したらその足で新居で生活を始められました♪
 国が安定している為もありナイロビは経済的にも活発でサービスも充
 実していていて、到着3日目には家具も全て整いインターネットも設
 置され何不自由なく生活できる様になりました。
 新居は100棟位あるコンパウドで、我が家には小さいながら庭もあ
 るし2階の窓からは緑の林も見えて大満足💛

 こんな順調な滑り出しのケニア生活、サファリなど自然も豊かなこの
 国と人々をもっと知れるのが楽しみです!