2026年5月3日日曜日

17回おやつの会(市民ケーン)

 参加者7名


 今回もこんなに食べれるのかと思うほどの沢山のおやつ!
 でも毎回違ったおやつが出るので、食べるのが楽しみです!



 今日の映画の話題は1941年公開のアメリカ映画「市民ケーン」で
 す。この映画は、オーソン・ウエールズが25歳の時に撮った作品で、
 彼が監督、脚本、主演、プロデュースを務めたと言うから凄いです。


 映画の最初のシーンは、新聞王ケーンの宮殿のような広い邸宅「ザナ
 ドウ(Xanadu)」が出てきます。この邸宅の名前「ザナドウ」はコー
 ルリッジの詩「クーブラ・カーン」から来ているのだそうです。
 モンゴル帝国の皇帝フビライ・ハーンをモデルにしたクーブラ・カー
 ンが、幻想的な都ザナドウに壮麗な都を築くという詩です。この都と
 言のは、フビライ・ハーンの夏の都「シャンドウ(Shangdu)」のこ
 とで、の都を夢ような豪華壮麗な所として描いたため、ザナド
 は桃源郷とも訳されることがあるようです。
 新聞王ケーンはそういう理想郷を夢見て、自分の城にこの名前をつけ
 たのでしょうね


 雪の降る寒い夜、この広い邸宅「ザナドゥ」で新聞王ケーンが一人
 きりで死を迎えます。手にはスノードームを持っていて、それを
 としながら小さく「バラのつぼみ」と言い残して息を引き取るとこ
 ろから物語が始まります。



 この「バラのつぼみ」の謎を追う記者トンプソンが、かつてケーンと
 関わった人々に取材を重ねていく中で、彼の生涯が周囲の証言によっ
 て浮き彫りにされて行きます。


 ケーンの両親はコロラドでささやかな下宿屋を営んでいましたが、母

 メアリーはたまたま受け取った金鉱の権利書によって、一気に莫大な

 財産の持ち主に。それで財産の管理と、チャールズの養育を、銀行家

 サッチャーに任せる形で「預ける」決断をするんです。理由は息子を

 豊かな環境で教育させる為と、父親の暴力から息子を守る為の母親な

 らではの心遣いだったのでしょうが、幼いケーンは母親から引き離さ

 れ、心に大きな傷を負ってしまいます。

 このケーンがソリを持っているこの場面が後で「薔薇の蕾」のヒント

 に......



 この物語は実在の新聞王ハーストをモデルにしていると言われている
 ように、新聞王国を築いたこと、庶民向けの大衆紙で成功したこと、
 政治的野心や選挙出馬を経験したことなど、大枠の人生設計はハース
 トと重なっています。
ハースト・キャッスル
 カリフォルニアの丘の上に立つ、優雅なプール付きの建物。ハースト
 が建てた私邸です。屋外プールの他に、165の部屋、2つの豪華なゲス
 トハウス等があります。
 市民ケーンの邸宅にはハーストの私邸よりも大量の彫刻や美術品が
 ありますが、それは巨大な富と権力の象徴であるとともに、持ち主
 の孤独や空虚さを感じさせました。

孤独で時間を持て余し、パズルに興ずるスーザン

 ケーンは最初に、アメリカ大統領の姪に当たるエミリーと結婚し、子
 供も出来たのに、彼が起こした若い女性との浮気が原因でエミリーと
 は離婚。
 その後その若い女性スーザンと再婚。ケーンはスーザンを有名なオペ
 ラ歌手にしようとして、スーザン本人には才能も意欲もないのに、舞
 台に立たせ続けますが失敗。2人の関係は冷たくなり、スーザンは孤
 独に耐えきれず、ケーンの元を去ってしまいます。

 ケーンの二つの結婚生活は、どちらも「相手を一人の人間として尊重
 出来ないこと」が原因で、彼は愛情よりも、自分の理想や支配欲を優
 先してしまったんですね。

 モデルとなったハーストにも、本妻に5人の男の子がいるにも関わら
 ず、ハリウッド女優マリオン・デイビスと長年の恋人関係を続けてい
 ました。この関係がケーンとスーザンの関係のモデルになったそう。
 でもハーストとマリオンの関係は彼が亡くなるまで続き、ハーストの
 最後を彼女が看取ったそうです。ケーンのような孤独死ではなかった
 んです


 記者たちは「バラのつぼみ」の意味を探して、ケーンを知る人々を取
 材して回りますが、誰も意味を知りません。

 ケーンの膨大な遺品が「ガラクタ」として次々と焼却されていく中
 に、少年時代に使っていたソリがあり、そのソリには「バラのつぼ
 み」という文字が書かれていました。ソリは何も知らない作業員に
 よって、炎の中に投込まれ、燃えてしまいますが、これによって、
 「バラのつぼみ」とは、彼の子供時代のソリのブランド名である事
 が判明。そのソリはケーンの子供時代における最後の幸福だった時
 を象徴するものだったんです。
 ケーンの周りの人はもちろん、あんなに調べ回った記者たちでさえも
 真相が解けないまま終わるのですけど、私たちだけにはそっと明かさ
 れて映画は幕を閉じます。

 ケーンの人生は外面的には成功しても、本人にとって本当に大事だ
 ったのは、権力やお金ではなく、「親の愛情があった子供の頃の時
 間」だったんですね。死の間際に手にしていた雪の入った小さなス
 ノードームと最後の言葉「バラのつぼみ」が私たちに彼の気持ちを
 伝えてくれています。

 伝記作家のアイザックソンは天才たちが抱えている闇は子供時代に
 由来していることが多いと述べています。いわゆる「バラのつぼみ」
 です。
 みんなの話し合いの中でも、イーロン・マスクも「バラのつぼみ」を
 抱えている一人ではないか?と言う疑問が話題に上りました。
 アイザックソンによるとマスクにも「バラのつぼみ」があり、それは
 南アフリカで過ごした残酷な子供時代に、父親から受けた驚くほど酷
 い仕打ちで、今なお彼を苦しめているのだとか。
 もしかしたらトランプにもあるのかも。

 この映画を観て「平凡であっても私達の生活って幸せなんだな」って
 納得した人達が多かったと思います。

 みんなで「バラのつぼみ」を抱えた天才の話から最後は日本の政治の
 話で盛り上がりました。
 
 

2026年5月2日土曜日

Ships to Shore Festival             134回トランスリンクの旅        (雅子さんのレポート)

  1人トランスリンクの旅に行って来ました。バス1本なので。


 場所はSteveston のGarry point park 。


 日本から到着した海王丸です。


 横浜を拠点とするこの海王丸は、全長361フィート(約110メートル)
 高さ182フィート(約55メートル)の大型帆船で、4本のマストと36枚
 の帆を備え、総面積は3万平方フィート(約2,787平方メートル)にも
 及ぶ大きさだとか。

 横浜からリッチモンドまで26日間かけて到着し、そのうち9日間、31
 枚の帆をあげて太平洋を横断して来たそうです。
 帆を張った姿素敵ですね。

 長と総領事の挨拶です。こんな素敵な船の旅、羨ましいなって思っ
 ていましたけど、館長はそんなに甘いものではなく、太平洋が荒れて
 いたので、とてもラフな航海だったと話されていました。
 

 変な料理のフードトラック。

香港風餅フレンチトーストとアイスクリーム

 このトラックの看板商品は日本の餅をたっぷり詰め込んだ、香港風餅
 フレンチトーストとアイスクリームの詰め合わせだとか。
 この組み合わせ、どんな味になるのでしょうね。 


 トラックの看板を見てください!「TERIYAK I」と書いてありますけ
 ど、日本人がやっているフードトラックじゃないですよね?


 看板のEXPRESSの下を見ると、カタカナで「テアイヤッキー イク
 スプレス」って書かれているから、笑っちゃいました。


 こんなメニューです。日本の照り焼きとはちょっと違うような.....

 お天気が良く、楽しい時間でした。ステージも3箇所あり、イベント
 も色々楽しめたけど、一人じゃなく、皆んなで行ったらもっと楽しか
 ったかも。


2026年4月28日火曜日

Richmond のチューリップフェスティバル   133回トランスリンクの旅

Agassiz のチューリップ畑

 このBC州は、4月になると、Abbotsford からAgassiz まで多種多様の
 チューリップフェスティバルが開かれるのですが..... 車でないと行
 かれない所なので諦めていたら、雅子さんがこのRichmond でも
 チューリップフェスティバルが開催されているという、耳寄りの情報
 を見つけてくれたので、今回 はRichmond のチューリップを見に行く
 旅を計画しました。
 
 結構間際になって決めたので、参加者はたったの4人(涙)
 

 ベトナムレストラン「Pho Ten」に集合し、まずはランチからです。


 このレストランで幸子さんと優子ちゃんに遭遇。


 食後ベトナムコーヒーを注文。このコーヒーは、ベトナムで栽培され
 ているロブスタ種を使って濃いコーヒーに、たっりの練乳を合わせ
 て飲むスタイルのコーヒーです。
 この飲み方は、フランス統治時代にフランス人の飲み方を真似て牛乳
 入りコーヒーが広まったそうですが、当時は新鮮な牛乳の入手と保存
 が難しかった為、長期保存が出来る練乳が使われるようになり、それ
 が現在の甘い「ベトナムコーヒー」のスタイルの起源だとか。

 写真のようにまず練乳を入れ、上から専用のドリッパーを使ってコー
 ヒーを抽出するのですが、これが時間がかかって.....
 料理の前にこのコーヒーを注文すべきでした。


 ランチの後、Tzu Chi The Great Love Farm (慈善農園)へ。
 この農園の今年のテーマは「自然と人類の饗宴」だそう。
 他のチューリップフェスティバルに比べると規模はかなり小さいので
 すが、1万本以上の色鮮やかなチューリップと赤い風車がオランダを
 思い起こせて、なかなか良かったです!


 ここから入り口です。


 チューリップ畑って、見た目はすごく華やかですが、裏では本当に手
 間がかかる仕事なんだそうです。球根から育てるので、まず球根の選
 別と管理が大変!また植え付けのタイミングを逃すと、翌春の咲き方
 が一気に悪くなるとか。

 畑一面に植える場合、同じ深さ、同じ間隔で延々と植え付ける必要が
 あり、屈んだ姿勢での作業が続くので腰や膝にも負担がかかるし、天
 気が悪くても時期が来たらやらなければならないし。

 それにチューリップは水を好みますが、多すぎると球根が腐るので、
 雨が多い年は水はけを良くする工夫が必要だし、逆に雨が少なければ
 広い畑に給水する仕組みが要り、常に風通しや土壌の状態を観察して
 いなければならないんです。

 また咲いて終わりではなく、そこからまた次のサイクルが始まるとい
 うのですから大変です!このチューリップの美しさは多くの人達の労
 力の成果なんですね。


 1時半から「ティーパーティー」があり、台湾のお茶が楽しめまし
 た。


 まず台湾のウーロン茶です。ウーロン茶はお湯の温度で味わいがかな
 り違うそうで、ここでは80℃の少し低めのお茶をいただきました。
 この温度のお茶は渋みが和らぎ、甘味やコクが感じられると説明され
 ました。


 台湾茶は、少量のお湯で何度も淹れて香の変化を楽しむ為、小さな
 急須や茶碗がお勧めだそうです。

 数人分に淹れる時は、急須などから直接それぞれの茶碗に注がず、

 いったん「茶海」というピッチャーに集めてから、均等に分けるの

 が基本だそうです



 ここでは90℃の温められたウーロン茶をいただきました。個人的には
 熱い方が美味しく感じました。
 

 ここでは台湾の紅茶をサービスしていました。
 台湾は元々ウーロン茶の産地でしたが、世界の紅茶需要の高まりに合
 わせて「紅茶の産地としても育てよう」と動き出したのが、日本統治
 時代の1900年台の初頭です。台湾の紅茶の歴史で必ず出てくるのが、
 「台湾紅茶の父」と呼ばれた日本人技師の新井耕吉郎です。
 彼はインドのアッサム種等を台湾に導入し、標高や気候に合う栽培
 法、製茶技術を現地農家と一緒に作り上げたそうです。



 私たちが頂いたのは、この頂極紅茶です。飲み終わって「美味しい」
 と感想を述べたら、皆んなに少しずつ紅茶の葉を分けてくださったん
 です。一時廃れてしまった台湾紅茶、現在は香りの良い、高級紅茶と
 して世界的にも評価されているそうです。


 最後は芝に座って、台湾演歌?をずっと聴いていました。

 今回のチューリップフェスティバルは規模も小さいうえ、派手さも
 無かったけれど、天気に恵まれ、人混みがちょうど良いくらいで落
 ち着けたし、台湾のお茶も美味しく、人々も親切、楽しい1日を過
 ごして来ました。