参加者6名
皆さん毎回違ったおやつを持ってきてくださるので、とても楽しみ!
今回は節子さんの日本からのお土産のお菓子もあり....食べきれないほ
ど。お菓子を食べながらこのローレンスについて、話が盛り上がりま
した。
今月の映画の話題は、1963年に公開されたデビット・リーン監督、
ピーター・オトゥール主演の「アラビアのローレンス」
実在のイギリス陸軍のトマス・エドワード・ロレンスが率いた、
オスマン帝国からのアラブ独立闘争を描いた歴史映画です。
前編、後編とに分かれていて、上映時間223分。
上の写真が実在のローレンスです。なんか主演のピーター・オトゥー
ルに似ていますね。彼は中東専門の歴史学者であり、イギリス陸軍の
情報将校。アラビア語や風習、部族社会に詳しいうえ、アラブ情勢の
分析など、その現地理解の深さから、アラブ側と協力関係を築かせる
役としてアラブに派遣されます。この物語の時は彼はまだ28歳の青
年だったそうです。
物語はローレンスのバイク事故死のシーンから始まります。これが事
故であるのか、自殺であるのか.....
史実では、彼は戦後名声を嫌って身を隠すように暮らし、心身ともに
疲労していた。こうした背景から「自殺願望があったのではないか」
と推測されたりしますが、あくまでも仮説で、決定的な証拠は見つか
っていないようです。
国に、アラブ人の反乱が起きれば、オスマン帝国軍はシリア方面に兵
力を割かざるを得ず、スエズ運河などイギリスにとって重要なルート
の防衛に有利になると踏み、ローレンスをアラビアに派遣。
ローレンスは、ヤンブーでアラブの反乱の指導者ファイサル王子に
面会し、独立闘争への協力を約束する。
アル・ワジュからアラブの勇者50人を率いて、オスマン帝国軍が占領
する港湾都市アカバを内陸から攻撃する為に、危険と言われているネ
フド砂漠をへ。
延々と続く砂漠を行軍中、カシムという男がいないことに気がついた
ローレンスは、みんなの反対を押し切って、カシムを救うために一人
で今来た道を戻り、無事カシムをラクダに乗せて帰還。彼のこの行動
をアラブ人は歓迎し、喜び、彼を仲間として認め、アラブ伝統の衣装
を身につけさせる。ローレンスが認められた感激の場面です。
史実では実際に「一人のアラブ人が行方不明になり、ローレンスが探
しに行った」というエピソード自体はあったそうですが、映画のよう
に美談になったわけではなく、危険を冒して助けに行ったことを、周
囲から非難され、笑いものになったとか。この場面を映画はドラマチ
ックな美談として脚色したようです。
ローレンスの相棒になったアリが、自分の着ているローブ(アラブ
の男性が着る、足首まであるゆったりした長衣)をテントにして寝
たのを見て、これぞ砂漠の民の知恵だと感心しました。アラビア半
島の遊牧民ベドウィンは、ゆったりしたローブやマントを着ていま
す。こうしたローブやマントは、日中は風通しをよくし、夜は体に
巻きつけて毛布のように保温する。寝る時はローブを、簡易テント
のようにして風や砂から身を守る。と言った「1枚で何役もこなす
道具」として使われてきたそうです。
もうアカバ到着という時に悲劇が起こる。ローレンス側の兵士が
味方になってくれたアウダの兵を殺してしまう。殺したのはロー
レンスが助けたカシムだった。軍の統制と団結を守る為ローレン
ス苦渋の決断でカシムを処刑。実在のローレンスも同じ状況で処
刑した事もあったようですが、処刑した相手はカシムでは無かっ
たそうです。
遂に彼の思惑通りアカバを攻略。 アカバを占領したローレンスは、そのまま2人の少年を連れてカイロ へ。途中で少年の1人が流砂に呑み込まれて死ぬという事件があった が、無事カイロに到着。
ここで新しいイギリス軍の将軍アレンビーと会談。アレンビーはロー レンスの功績を認めて彼を少佐に。しかしローレンスは少佐を辞退す る理由として、人を殺す行為に快感を覚えてしまったことを告白。 戦争でいかに人間の心がすり減り、ねじれていくか教えてくれる場面 です。 1度はアラビア行きを諦めたローレンスですが、アレンビー等に説得 され戦線に復帰することを決意。 行くにあたって、「アラビアはアラビア人のものだ」という確認をす るのですが、誤魔化されてしまいます。
イギリスはこの時同じ中東の土地について、 「アラブの独立を約束」「列強で山分け」「ユダヤ人国家を支持」と いう両立しずらい約束、世に言う「三枚舌外交」をしていたのです。
ろから始まります。 ローレンスは、ベントレーのアカバ攻略や列車襲撃の記事によって 「英雄」になっていきます。 しかし不注意からトルコ軍の捕虜となって受けた屈辱や、仲間の死を 通して戦いに幻滅。実在のローレンスも捕虜になって暴力を受け、こ の出来事で精神的に決定的な傷を負ったと告白しているそうです。 映画の中でローレンスは、「普通の生活に戻りたい」と軍の上層部に 訴え一旦任務を離れようとしますが........ アラブにダマスカスを与えるという条件で、再びアラブ部族を率いて 「ダマスカス攻略」に向かうことになります。 帰ってきたローレンスを見て、記者のベントレーは彼が変わってしま ったことに気づきます。 ダマスカスへ向かう途中、撤退中のトルコ軍を見つけたローレンスは 戦略目的がダマスカス到着であるにもかかわらず、「捕虜を取るな」 と虐殺命令を出してしまいます。そして彼自身も沢山の兵を殺してい きます。 実在のローレンスも、撤退、脱走中のトルコ兵に対して非常に苛烈な 攻撃を行ったことを、自分の回想録や報告の中で認めています。 ただ映画ほどはひどく無かったと、その場にいた英軍やアラブ兵が証 言しているそうです。
ここで新しいイギリス軍の将軍アレンビーと会談。アレンビーはロー
レンスの功績を認めて彼を少佐に。しかしローレンスは少佐を辞退す
る理由として、人を殺す行為に快感を覚えてしまったことを告白。
戦争でいかに人間の心がすり減り、ねじれていくか教えてくれる場面
です。
1度はアラビア行きを諦めたローレンスですが、アレンビー等に説得
され戦線に復帰することを決意。
行くにあたって、「アラビアはアラビア人のものだ」という確認をす
るのですが、誤魔化されてしまいます。
イギリスはこの時同じ中東の土地について、
「アラブの独立を約束」「列強で山分け」「ユダヤ人国家を支持」と
いう両立しずらい約束、世に言う「三枚舌外交」をしていたのです。
ろから始まります。
ローレンスは、ベントレーのアカバ攻略や列車襲撃の記事によって
「英雄」になっていきます。
しかし不注意からトルコ軍の捕虜となって受けた屈辱や、仲間の死を
通して戦いに幻滅。実在のローレンスも捕虜になって暴力を受け、こ
の出来事で精神的に決定的な傷を負ったと告白しているそうです。
映画の中でローレンスは、「普通の生活に戻りたい」と軍の上層部に
訴え一旦任務を離れようとしますが........
アラブにダマスカスを与えるという条件で、再びアラブ部族を率いて
「ダマスカス攻略」に向かうことになります。
帰ってきたローレンスを見て、記者のベントレーは彼が変わってしま
ったことに気づきます。
ダマスカスへ向かう途中、撤退中のトルコ軍を見つけたローレンスは
戦略目的がダマスカス到着であるにもかかわらず、「捕虜を取るな」
と虐殺命令を出してしまいます。そして彼自身も沢山の兵を殺してい
きます。
実在のローレンスも、撤退、脱走中のトルコ兵に対して非常に苛烈な
攻撃を行ったことを、自分の回想録や報告の中で認めています。
ただ映画ほどはひどく無かったと、その場にいた英軍やアラブ兵が証
言しているそうです。
ダマスカス占領後は、アラブ側による「アラブ会議」が開かれます
が、民族間の対立や運営の未熟さから機能不全に陥り、部族は砂漠
へとそれぞれ引き上げていきます。結局彼はアラブから身を引き、
イギリスへ帰って行くところで終わりです。
ロレンスは理想主義と行動力を持ちながら、政治の大きな流れを変え
る事は出来ませんでした。彼の献身や犠牲に対して、戦後の中東は列
強の都合で線引きされてしまいます。個人の善意やカリスマだけでは
国家や国際政治の構造は変えられないという無力さを教えられたと同
時に、戦争は人を英雄にも怪物にもしてしまう事も、この映画は教え
てくれています。今現在起こっている戦争は、もっともっと破壊的。
戦争をしてはいけないということを、この映画は私たちに語りかけて
いるんですね。




