私は土に埋まっている物を見つけて、掘り出し、
過去への旅をしたいと思うようになった。
いろいろな文明の興亡のストーリーを読むなかで、
「メソポタミア」という文字が、
少女時代の私を魔法にかけた。
「チグリス、ユーフラテス」という2つの川の名前が、
呪文のように私の脳裏から消えることはなかった。
大学院を出る頃、幸運にも、
その「メソポタミア」に関わるシリア現地で、
20年にわたり継続して
考古学に関わる仕事をする機会を得た。
シリアは遺跡の宝庫だ。
自宅から車で30分も行けば、
すぐにタイムスリップできる廃墟がある。
遠い夢のなかで滔々と流れていたユーフラテス川は、
おんぼろバスでたどり着ける場所となった。
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ジャバルアルーダより眺めるユーフラテス河(アサド湖) Photo: Yayoi Yamazaki |
私はこのタイムトリップを満喫したが、
この旅は、現実に生きている
かけがえのない人々に会う旅でもあった。
寛容で、気優しく、おおらかなシリアの人々は、
遺跡以上に私を魅了した。
ユーフラテス河の河畔にある遺跡の村の住民は、
発掘に来た外国人としてではなく、
何年も前からの知り合いのように、
私を家に迎え入れてくれた。
彼らの笑顔は、
シリアの真っ青な夏の空のように屈託なく、
私を包んでくれた。
都会でも、シリア人の暖かさは変わらなかった。
当初から居を構えたアレッポは大きな街だったが、
都会の冷たさなどなく、
どこに行っても
「アハラン・ワ・サハラン(ようこそ)」の声とともに、
ドアが開かれ、私は招き入れられた。
しかしながら2011年3月から始まった紛争は、
私をこの地から遠ざけてしまった。
私だけではない。
何百万というシリア人が、
家を離れ、国を離れざるをえなくなってしまった。
道路を渡ったところにあった、愛しい友人の家。
スークの雑踏や顔見知りの物売り。
思い立つと、寸時に行くことのできた遺跡。
いつでも会えると思っていた人々はいまは遠く、
いつでも行けると思っていた場所は
世界で最も遠い場所になってしまった。
これらの日々を辿ってみようと、
持ち帰った昔のアルバムをときどき開く。
シリアで過ごした日々を、写真のなかで旅する。
その旅は、懐かしい人々に
再び会ったような感覚を蘇らせるが、
その懐かしさは
瞬時に二度と戻ってこない日々への郷愁と変わる。
そして世界中に散らばってしまった
多くのシリア人の心情を思う。
故郷を離れ、異郷で暮らすことを余儀なくされた人々。
彼らから送られてくるメッセージには、
このような望郷の念と、喪失感がにじむ。
そこにわずかな希望の混じることもあるが、
未だに続く祖国での流血のニュースが
それを空虚なものにしてしまう。
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廃墟のなかでの学習 Photo: a little help is enough |
世界は、シリアの紛争で被災した人々に、
「支援物資」を送る。
「支援」は必要だ。
しかし、人々は「支援物資」のみで
生きてゆくことはできない。
彼らは皆、寛容に、鷹揚、誇り高く生きてきた。
支援を受ける「手」ではいつづけられない。
この手は、いままで何かを生み出してきた手。
本当に生きるための術を求めている手なのだ。
その術として、私たちは「針と糸」を選んだ。
そして数人のシリア人女性に声をかけた。
ポケットに収まるほど小さな、心許ない道具。
しかしこれがいま、女性たちの武器。
グループの名前も「針と糸」にした。
集まってきたのは、足をなくした息子を持つ母、
瀕死の夫と命からがら逃げてきた妻、
高校を中途であきらめなければならなかった女の子……。
彼女らの多くは、いままで刺繍などしたことがない。
しかし、針と糸が懐かしい故郷の風物を
形作っていくなかで、
一瞬でも忌まわしい経験を忘れされる時間が生まれる。
彼女らにとって、
針と糸が単なる道具以上の意味を持ちはじめる。
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製作は創作へと Photo: Yayoi Yamazaki |
色とりどりの糸は故郷の伝統の図柄を形どりながら、
彼女らのなかに隠れていた感性を引き出す。
図柄に遊び心が表わされる。
子供の頃に語り聞かされていた昔話が、
刺繍針で描かれる。
そういえば、ほのぼのとした田舎の夫婦は、
麦畑のなかでこんな風に屈託なく微笑んでいたっけ。
これは優しい挑戦、
しかし世界に呼びかける力を持つ。
私たちは、ここにいる。
シリア人は、生きている、と。
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日本での刺繍コンテストに出し、入賞は逃しましたが、彼女らの想い、そして私たちの想いを代弁する作品 Photo: Hideko Tabata |
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