☆マブトの孤児の職業訓練支援プロジェクト☆
(渋谷朋子さんからの報告)
アフリカ大陸の東南部に位置するモザンビーク共和国は、インド洋に面した
国土80K㎡の自然豊かな美しい国です。
しかしその歴史は悲しく、1498年にバスコ・ダ・ガマに発見されて以来、
数世紀に渡りポルトガルの奴隷や、象牙等の貿易に搾取され、19世紀後半
からは植民地として弾圧を受けました。
そんなポルトガルから独立を勝ち取ったのは、15年以上に渡る血生臭い
独立戦争後の1975年。
元英、仏領の アフリカの国々から約15年遅れて の独立でした。
でも平和への道はまだ遠く、独立後は今度は政党間の争いから内戦が勃発
し、漸く平和協定が結ばれたのは、ごく最近の1992年。
従って、モザンビークの平和はまだ比較的若く、脆い物です。
そんなモザンビークは、2009年度の人間開発指数によると、
世界182カ国中172番目。
ぎりぎり世界最貧国10カ国に入るか入らないかの境界線。
ちなみに近年は最貧10カ国に名前を並べていました。
人口約2000万人のモザンビークの平均寿命は47、8歳で、
日本(82、7歳)の約半分 豫。
また南部アフリカの近隣国同様HIV/AIDS感染率が高く、2007年の
推測感染は12、5%。
このような状況下貧困やHIV/AIDSをはじめとする病気で親を亡くした
孤児が多く、18歳以下の人口の約12%。すなわち約8人に1人が
片親か両親を失った孤児たちです。
(渋谷朋子さんからの報告)
アフリカ大陸の東南部に位置するモザンビーク共和国は、インド洋に面した
国土80K㎡の自然豊かな美しい国です。
しかしその歴史は悲しく、1498年にバスコ・ダ・ガマに発見されて以来、
数世紀に渡りポルトガルの奴隷や、象牙等の貿易に搾取され、19世紀後半
からは植民地として弾圧を受けました。
そんなポルトガルから独立を勝ち取ったのは、15年以上に渡る血生臭い
独立戦争後の1975年。
元英、仏領の アフリカの国々から約15年遅れて の独立でした。
でも平和への道はまだ遠く、独立後は今度は政党間の争いから内戦が勃発
し、漸く平和協定が結ばれたのは、ごく最近の1992年。
従って、モザンビークの平和はまだ比較的若く、脆い物です。
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そんなモザンビークは、2009年度の人間開発指数によると、
世界182カ国中172番目。
ぎりぎり世界最貧国10カ国に入るか入らないかの境界線。
ちなみに近年は最貧10カ国に名前を並べていました。
人口約2000万人のモザンビークの平均寿命は47、8歳で、
日本(82、7歳)の約半分 豫。
また南部アフリカの近隣国同様HIV/AIDS感染率が高く、2007年の
推測感染は12、5%。
このような状況下貧困やHIV/AIDSをはじめとする病気で親を亡くした
孤児が多く、18歳以下の人口の約12%。すなわち約8人に1人が
片親か両親を失った孤児たちです。
| モザンビークの首都マプトの民芸市 |


