2020年1月1日水曜日

年越し@第二の故郷・ガーナ!(朋子さんのブログから)  


     2020年、明けましておめでとうございます!
     今年も定期的なブログの更新はお約束できませんが、
     懲りずにどうぞよろしくお願い致します!!

     前回のブログで予告しました通り、
     2019年大晦日には私がアフリカで働き始めた
     元祖・ガーナの村に里帰りして来ました~。

     離任してから18年経っているのに、
     相変わらず同じ場所で同じおばさんが同じ物を売っていて、


     当時の青少年クラブの仲間達は年取ったものの
     性格は変わらずあっけらかんと明るく、




     変わらぬ故郷に戻って来た様な
     ホッとした気持ちになりました。

     私が働いていた職業訓練校では、
     記念に皆で昼食会を開催しそこでプレゼントまで頂き、感動♪


     また、当時の卒業生達がそれぞれ家庭を持ち
     企業して立派な大人になっていて、
     「当時学校で学んだことのお陰で、
     うちの家系で僕が初めて家を建てることができて、
     この学校に通えた事を誇りに思っています。」
     と嬉しいことを言ってくれて、
     「あ~、この仕事ができて、私は幸せ者だな~」
     と実感できました!

     一方、18年前は皆同様に質素な生活でしたが、
     ここ数年帰って来る度に泥壁のままのお家もあれば、
     2階建ての豪華な家も建てられていて、
     村レベルでも貧富の差が
     徐々に悪化して行っている印象を受けました。

     また、インテリでカリスマ的で
     村で一番尊敬されていたおじさんが、病気で痩せて
     以前のシャープさ・滑舌さ・カリスマ性が
     すっかり薄れてしまって、切なく心配になりました。

     それに私より年下の先生仲間だった(元)青年も「
     糖尿病で今朝検査しなきゃいけなかったんだ」と
     やや調子悪そうでした。

     他にも数年前に交通事故で
     両足を怪我して車椅子生活だった女性が、
     手術で立てる様にはなったけれど、
     歩けるようになるには更に手術が必要だそうで、
     保健サービスが限られていたり、
     もしくはそれを利用する為のお金がない事で、
     健康を取り戻せない彼らの苦労を感じました。

     90年代以来政治的な安定により経済成長を続け
     中収入国に仲間入りしたガーナですが、
     村民レベルではまだ開発の道程は長そうです。

     その後アクラ郊外のホテルに戻って来ると、
     大晦日だからか夜遅くまで音楽で凄い騒音。
     若者達が年越しをクラブでフィーバーしている為かと思ったら、
     隣でその音楽を聞いていたジュリアが
     真似して「ジーザス~♪」と唄い出したので、
     「おお、これはすっかり忘れていた教会のゴスペルか!」と納得。
     イスラム教圏で3年間近所のモスクのアザーンの声で
     毎朝5時頃起こされて来たので、
     「次の任地では、イスラム圏から離れて朝ぐっすり寝たいな~」
     などと思っていましたが、
     ガーナの様な敬虔なキリスト教圏に来ても、
     睡眠問題は解決されない事を改めて思い出したのでした。

     そして年明けの深夜は
     ゴスペルの音と同時に爆発音が聞こえて、
     「とうとうガーナでもテロ攻撃か⁈」
     とビックリしてホテルの部屋から飛び出たら
     新年を祝う花火の音。
     私が顔パックしたまま部屋から飛び出てきたので、
     花火鑑賞していた他の宿泊客はギョッとしたに違いない。
     新年初びっくり。


     で、元旦の朝はギニア湾の波の音で目覚め、
     朝食からヘビーなワチェ。やっぱりガーナだな~。


     そして昨日訪れた村の仲間から沢山の写真と
     「ミス・トモコ、また僕達に笑顔をもたらせてくれて、
     ありがとう!」とメッセージが送られて来て、感激♪
     何だか2020年は凄くいい年になりそうな予感です!!

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