2020年、明けましておめでとうございます!
今年も定期的なブログの更新はお約束できませんが、
懲りずにどうぞよろしくお願い致します!!
前回のブログで予告しました通り、
2019年大晦日には私がアフリカで働き始めた
元祖・ガーナの村に里帰りして来ました~。
離任してから18年経っているのに、
相変わらず同じ場所で同じおばさんが同じ物を売っていて、
当時の青少年クラブの仲間達は年取ったものの
性格は変わらずあっけらかんと明るく、
変わらぬ故郷に戻って来た様な
ホッとした気持ちになりました。
私が働いていた職業訓練校では、
記念に皆で昼食会を開催しそこでプレゼントまで頂き、感動♪
また、当時の卒業生達がそれぞれ家庭を持ち
企業して立派な大人になっていて、
「当時学校で学んだことのお陰で、
うちの家系で僕が初めて家を建てることができて、
この学校に通えた事を誇りに思っています。」
と嬉しいことを言ってくれて、
「あ~、この仕事ができて、私は幸せ者だな~」
と実感できました!
一方、18年前は皆同様に質素な生活でしたが、
ここ数年帰って来る度に泥壁のままのお家もあれば、
2階建ての豪華な家も建てられていて、
村レベルでも貧富の差が
徐々に悪化して行っている印象を受けました。
また、インテリでカリスマ的で
村で一番尊敬されていたおじさんが、病気で痩せて
以前のシャープさ・滑舌さ・カリスマ性が
すっかり薄れてしまって、切なく心配になりました。
それに私より年下の先生仲間だった(元)青年も「
糖尿病で今朝検査しなきゃいけなかったんだ」と
やや調子悪そうでした。
他にも数年前に交通事故で
両足を怪我して車椅子生活だった女性が、
手術で立てる様にはなったけれど、
歩けるようになるには更に手術が必要だそうで、
保健サービスが限られていたり、
もしくはそれを利用する為のお金がない事で、
健康を取り戻せない彼らの苦労を感じました。
90年代以来政治的な安定により経済成長を続け
中収入国に仲間入りしたガーナですが、
村民レベルではまだ開発の道程は長そうです。
その後アクラ郊外のホテルに戻って来ると、
大晦日だからか夜遅くまで音楽で凄い騒音。
若者達が年越しをクラブでフィーバーしている為かと思ったら、
隣でその音楽を聞いていたジュリアが
真似して「ジーザス~♪」と唄い出したので、
「おお、これはすっかり忘れていた教会のゴスペルか!」と納得。
イスラム教圏で3年間近所のモスクのアザーンの声で
毎朝5時頃起こされて来たので、
「次の任地では、イスラム圏から離れて朝ぐっすり寝たいな~」
などと思っていましたが、
ガーナの様な敬虔なキリスト教圏に来ても、
睡眠問題は解決されない事を改めて思い出したのでした。
そして年明けの深夜は
ゴスペルの音と同時に爆発音が聞こえて、
「とうとうガーナでもテロ攻撃か⁈」
とビックリしてホテルの部屋から飛び出たら
新年を祝う花火の音。
私が顔パックしたまま部屋から飛び出てきたので、
花火鑑賞していた他の宿泊客はギョッとしたに違いない。
新年初びっくり。
で、元旦の朝はギニア湾の波の音で目覚め、
朝食からヘビーなワチェ。やっぱりガーナだな~。
そして昨日訪れた村の仲間から沢山の写真と
「ミス・トモコ、また僕達に笑顔をもたらせてくれて、
ありがとう!」とメッセージが送られて来て、感激♪
何だか2020年は凄くいい年になりそうな予感です!!
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