2011年9月26日月曜日
2011年9月17日土曜日
♪最近のちょっとした変化♪ 朋子さんのブログから
![]() |
| 孤児院の子ども達とピクニック!心温まる日曜の午後の一時でした。 |
こちらの雨季は、
気温が35度以上・湿度が100%近くまで上がり、
不快指数がピークに達したと思った矢先、
バケツを ひっくり返した様な雨が数時間降り続け
一気に気温が下がり、
突然止んだと思いきやまた
翌日超暑くなって雨・・・の繰り返しです。
だから気温の変化が激し く、
結果風邪が流行ります。
私も例に漏れず風邪を引き、
数日間咳と熱に魘され寝込んでしまいました。
たまたま週末だったので仕事に影響はなかったものの、
家事が出来ないのが最大のネックで、
「あ~、今週末掃除・洗濯しなかったら、
来週末までできない・・・」と
熱で朦朧としながらも、
家事ができない事が一番 気になる始末。
お粥作ったりはできたけど、
さすがに病中も家事の心配をしているのは
よろしくない、という事で、
とうとうお手伝いさんを雇う事になりまし た~!
職場の同僚に知人を紹介して貰い、
我が家に来てくれる事になったのは
ジーナちゃん・29歳。
この若さで3児の母
なので、
とにかく職に就いて収入源を確保したいらしく、
やる気はありそう。
ただ、ポルトガル語があまり喋れず、
現地語とポル語が混ざったクレオール語の
み。
だから、私達の会話は
何処まで通じているのかいないのか今一わからず、
念の為初日は私が身振り手振りで、
「この箒とこのバケツとこのモップで、
ここを
こう掃除して。」と説明したら、
一応理解してくれたみたいでホッ。
彼女がお掃除している間に
私は朝食を作り始めたのですが、
彼女も朝食を食べていないと言
うので、
2人分作って一緒に食べました。
初日がそうだった為
それが習慣の様になってしまい、
何故か雇い主が
毎回お手伝いさんの為に朝ご飯を作る、
という稀
な光景がそれ以来展開しています・・・。
週3回火・木・土曜と来てくれているので、
昨日(土)家に居た私は
週末の習慣だった家事を取られてしまい手持ち無
沙汰。
こっそり寝室でアイロン掛けちゃったりして。
帰り際に彼女にお買い物を頼んだら、
彼女が買って来た野菜の量が同じ値段なのに俄然多い!
それまで「値
切り上手」と自負していた
私のプライドは一瞬にして崩れたり・・・。
それと彼女にポル語で「エビを買って来て」
と頼んでも通じなかったので、
絵を描いたら
「あ~、あれね、分かった。」
と言ったけど、念の為料理の本のエビの写真を見せたら、
「あ、何だ、これの事?」だって。
私の絵を見て一体彼女は何を想像し
ていたんだろう?
最近のもう一つの変化は、車が壊れた事。
私は大雑把なドライバーなので、
ただでさえポンコツの私の中古車などは
確かにいつ壊れても不思議じゃなかったのですが、
ある雨上がりの午後に通った
例の如く未舗装のボコボコ泥道に
池の様な水溜りがあり、
水が濁っているので深
さがわからないけど
やむを得ずに通ったら、
窓すれすれまで水が来ちゃうくらいの深さ!
その結果案の定、エンジンにも水が入ってしまって、
泥道を抜けて
ちょっとしたら
車が止まってしまいました。
あ~あ。修理に持っていったら
「いつまでかかるかも、
いくらかかるかも、
まだ言えない」そうな。
仕方ないので、
それ以来職場へは徒歩で、
他は乗り合いタクシーか
乗り合いバスで移動していますが、
これが意表を突いて楽しく、
現地の人と詰め合いつつ
乗り合いバスに揺ら
れていると、
すっかり地元民になった気分♪
「不幸中の幸い」的な楽しみを見出しました!
それと今日(日)は
孤児院の子ども達と
ちょっとした遠足に行って来ました~。
いつもは孤児院の施設内で遊んでいた
ので、
周りが森に囲まれている事や、
その中にキリストの小広場がある事や、
その向こうに村がある事も知らなかったのですが、
今日それらを子ども達と一緒に
訪問できて、
以外な発見に得した気分!
子ども達も解放感を満喫していたみたいで、
手を繋いで歌いながら
ビサウ郊外の森の中をお散歩して、
久々に至福の一時
を過ごせました。
2011年9月10日土曜日
♪暗闇が明けた日♪ 朋子さんのブログから
![]() |
| 孤児院のお姉さんと生まれて間もないヴィクター君:その手はまだ柔らかくて白い。 |
前ブログで書いた慌ただしい休暇を終え、
2度の乗り換え含む50時間近くの旅を経て
先週の土曜日にビサウに戻って来ま した。
不在中の8月に雨季が更に深まった様で、
ビサウで大半の道は未舗装な為ボコボコになっており、
所により水溜りが池の様な深さになっていて通行不能状 態。
いざ帰宅すると、雨漏りに加え幾つかある網戸だけの窓から
雨が吹き込みまくっていて、かなりの惨状・・・。
結局、到着した日は終日掃除に明け暮れまし た。
そして夜になって電気を点けようとすると、どれも点きません。
「あ~、やっぱりまた停電か・・・」と、
半分諦めモードで蝋燭を灯し、
その光りを頼りに 夕飯を作って食べ、
その日は大人しく寝ました。
そして翌日。
日曜日だったので、日曜の習慣でシスター達と教会に行き、
その後孤児院にちょっと寄ってから帰宅しま
した。
暑さしのぎに扇風機を点けようとしたら、
まだ動かないので、「この停電、長いな~」と
愚痴りながらその場は扇子でやり過し、
そうこうしている内にま
た日が暮れて来ました。
それでもやっぱり電気は点かないので、
だんだん気分が滅入って来て、
ただでさえ日本での家族や友達との騒がしい毎日から
ビサウでの
静かな一人暮らしに戻った
ギャップに戸惑っているというのに、
その上物理的に暗いとそれこそ気分も暗くなってきてしまい、
「なるほど、夜が長い北欧の国で
自殺率が高いのは暗いせいかしら・・・」
などと脈絡のない事まで考えを巡らせたりしてしまいました。
暗い気持ちも1週間続いてしまった訳ですが、
1週間経った昨夜、台所でまた蝋燭を頼りに夕 飯を作っていると、
隣人のチャチャが窓越しに話かけて来ました。
「トモコ、何で最近いつも暗い中で料理しているの?
停電でもないのに。」と!
「え?だって どの電気も点かないよ。」と
目が点になっていると、
「あ~、そういえばトモコは不在だったわね。
数週間前に落雷があって、
その時全ての電球やコンセントが
爆発音たててショートしちゃったのよ。
でも電球さえ付け替えれば電気点く筈よ。」
マジ??って事は、この1週間、
停電でもないのに
私は暗闇の中で生活して いたの??
しかも気分まで落ち込んじゃって?
しばらく唖然とした後、
あまりに自分が滑稽で思わず笑い出してしまいました。
そして今日。
また日曜だったので、教会の後孤児院に行ったら、
先週会えなかった子達も居て、
喜んで抱き着いて来てくれたので、
私も久々に幸せ な気持ちに浸っていると、
今度は孤児院のお姉さんが「トモコ、見て!」と
生まれて間もない赤ちゃんを
プレゼントの様に大事に抱いて持って来てくれました。
出産時にお母さんが亡くなってしまったそう。
まだ目も開けられない赤ちゃんです。
お母さんが自分の命と引き換えにこの世に届けた赤ちゃんの、
そのまだ小さ くて柔らかい手を握っていたら、
「やっぱりビサウに帰ってきて良かった・・・」
と何故かやっと思えてきました。
で、孤児院からの帰り道に電球を何個も買っ て、
帰宅後早速全部付け替えると、
案の定点きました!
すぐまたショートしてしまったり、
反対に消えなくなってしまったのもあるけど、
とりあえずビサウの我 が家にも漸く灯りが戻ったのでした。
2011年9月3日土曜日
♪送金についてのメール♪
朋子さん
日本から帰ってきて旅行の疲れを取る暇もなく、
目まぐるしく働いていらっしゃるのではないかしら?
ちょっと心配してしまいます。
今朝朋子さんからの小包が届きました。
何かクリスマスのプレゼントを開けるような
うれしさを味わいました。
いかにも手織りといった感じの素敵な布と、
綺麗な石けんとカシュナッツありがとうございました。
カシュナッツちょっと食べてみたらピリッときたので、
袋をみたらピリピリって書いてあったから笑ってしまいました。
ポルトガル語でピリピリってチリのことなんですね。
辛いものを食べると何気なくピリピリするって言っていたけど、
まさかポルトガル語とは、、
ペルーに持って行くつもりです。
今月は2回もエステサロンを開いたので、
なんとなく肌がピカピカ
(これはまさかポルトガル語ではないですよね?)
になったようなのに、、
ペルーの日差しは強いらしいから
また元の木阿弥ですね。
それでは残念なので帰って来たら
すぐまた開くことにしました。
ペルーに行く前に送金して行こうと思ったのですが、
マルコスくんからは何も言って来ないので、
帰ってからにします。
出来たら送金は朋子さんの方に
したいと思っているのですけど、、
というのはマルコスくんを信用しない
というのではありませんが、
個人の所に直接大金が
これからいつも振り込まれるようになると、
彼にとっても良くないのではないかと思うのです。
シスターかまたは誰か信用の出来る人とマルコスくんが
二人でお金を管理出来るようになるのが一番ですが、
それが難しいようだったら
朋子さんの所に振り込んで、
朋子さんが必要に応じて
お金をマルコスくんの所へ送る
という風にしたらどうでしょうか?
まあそちらの銀行の都合もあるでしょうけど、、?
31日からペルーに行ってきます。
メールは多分受け取れると思いますので
お時間がありましたら送ってください。
まずは私の方から出しますね。
あまり頑張りすぎないで!
さとみ
さとみ様
贈り物が無事に届きました様で、
安心致しました。
今頃はペルーにご旅行中でしょうか。
これを読まれる頃には、
ご帰還された後になるのでしょう。
ペルーでは素晴らしいご体験をされている事と思います。
ご送金の件ですが、ご心配は理解できます。
実際、私もそう思った部分もありました。
そこで、在マプトの日本人の親友に
仲介・監督の役割を引き受けて貰えるか、相談してみますね。
彼から返事が来たら、またご一報差し上げます。ではまた。
渋谷朋子
追伸:「ピリピリ」の語源をこちらが教わりました!
そうっだったんですね~。
でも口の中でピリピリする感覚は万国共通って事ですかね。
日本から帰ってきて旅行の疲れを取る暇もなく、
目まぐるしく働いていらっしゃるのではないかしら?
ちょっと心配してしまいます。
今朝朋子さんからの小包が届きました。
何かクリスマスのプレゼントを開けるような
うれしさを味わいました。
いかにも手織りといった感じの素敵な布と、
綺麗な石けんとカシュナッツありがとうございました。
カシュナッツちょっと食べてみたらピリッときたので、
袋をみたらピリピリって書いてあったから笑ってしまいました。
ポルトガル語でピリピリってチリのことなんですね。
辛いものを食べると何気なくピリピリするって言っていたけど、
まさかポルトガル語とは、、
ペルーに持って行くつもりです。
今月は2回もエステサロンを開いたので、
なんとなく肌がピカピカ
(これはまさかポルトガル語ではないですよね?)
になったようなのに、、
ペルーの日差しは強いらしいから
また元の木阿弥ですね。
それでは残念なので帰って来たら
すぐまた開くことにしました。
ペルーに行く前に送金して行こうと思ったのですが、
マルコスくんからは何も言って来ないので、
帰ってからにします。
出来たら送金は朋子さんの方に
したいと思っているのですけど、、
というのはマルコスくんを信用しない
というのではありませんが、
個人の所に直接大金が
これからいつも振り込まれるようになると、
彼にとっても良くないのではないかと思うのです。
シスターかまたは誰か信用の出来る人とマルコスくんが
二人でお金を管理出来るようになるのが一番ですが、
それが難しいようだったら
朋子さんの所に振り込んで、
朋子さんが必要に応じて
お金をマルコスくんの所へ送る
という風にしたらどうでしょうか?
まあそちらの銀行の都合もあるでしょうけど、、?
31日からペルーに行ってきます。
メールは多分受け取れると思いますので
お時間がありましたら送ってください。
まずは私の方から出しますね。
あまり頑張りすぎないで!
さとみ
さとみ様
贈り物が無事に届きました様で、
安心致しました。
今頃はペルーにご旅行中でしょうか。
これを読まれる頃には、
ご帰還された後になるのでしょう。
ペルーでは素晴らしいご体験をされている事と思います。
ご送金の件ですが、ご心配は理解できます。
実際、私もそう思った部分もありました。
そこで、在マプトの日本人の親友に
仲介・監督の役割を引き受けて貰えるか、相談してみますね。
彼から返事が来たら、またご一報差し上げます。ではまた。
渋谷朋子
追伸:「ピリピリ」の語源をこちらが教わりました!
そうっだったんですね~。
でも口の中でピリピリする感覚は万国共通って事ですかね。
2011年8月19日金曜日
♪怒涛の半月と多重人格の私♪ 朋子さんのブログから
![]() |
| 南三陸の津波被害の形跡。大分片付けられていましたが、こういう惨事の爪痕を物語る光景もまだありました。 |
仕事で想定外の事態が発生し、
その対処に追われ走り回っている内に
7月末の休暇に辿り着きました!
出発当日は飛行機の チェック・イン締切寸前まで
国際電話会議が終わらず、ハラハラドキドキ。
その後、ダカール・ヨハネス経由でマプトに里帰りし、
愛する子ども達と感動の再 会!!
皆、「トモコお姉ちゃ~ん!」と
嬉しそうに抱き着いて来てくれたと思いきや、
素直な子ども達には数分で飽きられて、
他の訪問者に飛びついて行かれて しまいました・・・。
あゝ、これが現実なり・・・。
でも、孤児の為の職業訓練校建築計画は
紆余曲折しながらも何とか進んでおり、
とうとう8月1日から着工 開始!
沢山の方々の心ある支援・応援に支えられた
夢のプロジェクトが
徐々に形になって行く過程を見ると、
「よし、もっと頑張ろう!」
という気持ちになれま した。
で、マプトでの心温まる週末の後
今度はケープタウンへ飛び、
博士課程の教授との話合いや講義を経て、
漸く1週間後
に東京に辿り着いたと思いきや、
スーツケースも開かない内に
今度は仙台へ被災支援のお手伝いに
行かせて頂く事になりました。
仙台は七夕祭りの最中で、
災害
から立ち直ろうとする
宮城県民の健気な姿勢が感じられた他、
訪問した被災地・南三陸でも
被災した方々同士で助け合って
思いやる姿に胸を打たれました。
避難所からまだ仮設住宅に入れない方達、
また入れても家の再建の目途が立たず
いつ出られるか分からない方達、
他にも公共施設再建の為の土地確保問題等、
まだ課題は山積している様ですが、
その中でも真摯に再建に向き合っている県民・
その支援をする方々が希望の光です。
今回の経験と出会いを通し、
アフリカに帰任し
てからも
私などにも何かできる事があれば
貢献したいと心から思いました。
(仙台のホテルで夜中に震度5の地震で起きた時は、
しばらく自分が何処に居るのか
わからず、
混乱してしまいましたが・・・。)
その仙台からの帰路に福島の山奥に寄り道し、
今度はガーナ時代からの親友二人と
温泉旅行に行きました。
その一人が
宮城の被災地の学校の先生なので、
震災以来大変な苦労をしてきた
彼女を労う為の旅行でした。
10年振りの三人旅は
思い出話盛り沢山&言いたい放題で、
とに
かく笑い通し!
最高に楽しかったのですが、
それだけで終わらず、
被災した友人が登山好きな事から、
全く登山に興味がない私ともう一人も
仕方なく付き合う事
にし、
ブーブー文句を言いながらも
1600メートルの山に登りました。
図らずも日本の森や山や川や滝など
自然の美しさに見とれ、
日本という国とそこでの友
達の大切さを
改めて実感しました。
こうしてアフリカ各地や日本を
行ったり来たりしていると、
学び感じる機会に恵まれ有難いのも確かですが、
時々自分
が多重人格になった様な感覚に戸惑います。
ビサウの職場で真面目そうに仕事している私
・マプトの孤児院で童心に帰って子どもとじゃれている私
・ケープタウ
ンの大学で偉そうに講義している私
・福島の温泉で冗談を叩き合いながら笑い転げる私。
どれが本当の自分なんだろう?と
混乱してしまう時も結構ありました。
でも今回ガーナ仲間と思い出話に花を咲かせながら、
そう感じ戸惑ったのは私だけじゃない事、
また二つの大陸に居る私を
良く理解してくれている親友が居る
事、
に改めて気付け、何だかとても一安心する事ができたのでした。
2011年8月6日土曜日
♪モザンビーク、南アフリカ、日本を 旅している朋子さんから♪
さとみ様
美味しそうなベトナム料理の
お写真まで送って頂いたのに、
お返事が遅れ失礼致しました。
皆さま、お元気でお過ごしでしょうか?
私はギニア・ビサウを7月28日夕に出発し、
週末をモザで過ごし、
その後南アに博論の教授に会いに行き、
一昨日やっと日本に帰国しました。
寄り道が多い長旅に加え
気温差が激しかったので、ばて気味です。
(ビサウ35度、マプト20度、南ア7度!)
やっと日本に辿り着いたと思いきや、
今度は8月8日から11日まで
仙台のユニセフ協会に
ボランティアに行く予定が入っており、
再度荷造り。
息をつく間もない状態です。
でもさとみさん達には、
モザの事を取り急ぎご一報したく
メールしました。
例の土地の手続きが先々週にやっと終了し、
正式に竣工許可が下りました!
で、私が居る間に塀作りが始まったんですよ!!
マルコスが近日中に写真を送ってくる筈ですので、
しばらくお待ちを。
で、マルコスの銀行口座に国際送金ができる様に、
SWIFTコード等の
必要情報も問い合わせて来る様に、
指示して参りました。
それ以外でも、子供たちとの再会等、
モザ里帰りは感動的でした!
仙台から帰り、ようやく落ち着いたら、
改めてブログを通して
詳細を書かさせて頂きたいと思っております。
では、取り急ぎご報告までで、失礼致します。
皆さまにもどうぞよろしくお伝え下さい。
渋谷朋子
美味しそうなベトナム料理の
お写真まで送って頂いたのに、
お返事が遅れ失礼致しました。
皆さま、お元気でお過ごしでしょうか?
私はギニア・ビサウを7月28日夕に出発し、
週末をモザで過ごし、
その後南アに博論の教授に会いに行き、
一昨日やっと日本に帰国しました。
寄り道が多い長旅に加え
気温差が激しかったので、ばて気味です。
(ビサウ35度、マプト20度、南ア7度!)
やっと日本に辿り着いたと思いきや、
今度は8月8日から11日まで
仙台のユニセフ協会に
ボランティアに行く予定が入っており、
再度荷造り。
息をつく間もない状態です。
でもさとみさん達には、
モザの事を取り急ぎご一報したく
メールしました。
例の土地の手続きが先々週にやっと終了し、
正式に竣工許可が下りました!
で、私が居る間に塀作りが始まったんですよ!!
マルコスが近日中に写真を送ってくる筈ですので、
しばらくお待ちを。
で、マルコスの銀行口座に国際送金ができる様に、
SWIFTコード等の
必要情報も問い合わせて来る様に、
指示して参りました。
それ以外でも、子供たちとの再会等、
モザ里帰りは感動的でした!
仙台から帰り、ようやく落ち着いたら、
改めてブログを通して
詳細を書かさせて頂きたいと思っております。
では、取り急ぎご報告までで、失礼致します。
皆さまにもどうぞよろしくお伝え下さい。
渋谷朋子
2011年7月29日金曜日
♪仕事でのジレンマ♪
![]() |
| 初等・中等教育でフランス語教育を拡大する案を「検討」している「会議」の様子。 |
前回のブログで
仕事が楽しくて仕方ないと書いた矢先、
それを試すかの様な状況が発生しました。
何かというと、昨日教育省で
初等教育の教育課程に関する重要 会議が
あるというので行ってみると、
それはギニア・ビサウの初等・中等教育における
フランス語教育の拡大案に関してでした。
その案を見てギョッとしまし た。
だって、フランス語を必修科目として
小学5年生から導入するというんだもの。
ここでは国語は一応ポルトガル語ですが、
一般市民の殆どはポルトガル語以外の現地語を
日常生活で使っています。
従って、子ども達の大半は小学校に入学して
初めてポルトガル語を習うと同時に、
その習ったばかりのポルトガル語で
算 数や理科など他の教科も
学習しなければいけないので、
ポルトガル語という教授言語が
子ども達の習熟度に大きな障害と
なってしまっています。
にも関わらず、 それに加え
更にフランス語まで習わされるとは・・・。
しかもただでさえ先生の数や授業日数が
足りない現状に反し、
それを更にフランス語教育に割り当てる事 で、
必修科目担当の先生や授業時間が
更に減ってしまうのは目に見えています。
これではあまりに子ども達が可哀そうなので
反対意見しようとタイミングを伺っていると、
どうやら会議の風向きが「話し合い」というより
「説得」の様相を帯 びてきました。
どうやら「会議」と言うのはあくまでも名目で、
これは既に政治的に決められた事を
公式に教育分野の関係者に認めさせる為の
「儀式」に過ぎな い模様。
確かにギニア・ビサウは周りをグルリと
仏語圏に囲まれた(カボベルデと唯二の)
ポル語国として不便・窮屈な思いをしているし、
政治・経済的に西ア フリカ圏で
更に認められるには
仏語が必須なのは想像できますが、
それを子ども達の教育に課す事によって示すとは、
子ども達の未来が切り札にされたみたいで
納得いきません。
ちなみにこの政治的決断には
フランスが後ろ手を引いている様で、
フランス大使館員が上座の大臣の横を陣取っていて、
一国でも仏語圏国を増 やしたい魂胆が見え見えで、
まるで植民地取り合いの時代が再来したかの様。
この展開にあまりにいたたまれなくなり、
私は会議を途中で抜けてきましたが、
それ以来自らの将来を左右する教育を
政治の道具として弄ばれている
子ども達が可哀そうで、
ずっと悔しい思いが拭いきれません。
その翌日、今度は地方出張の際に
州の教育視察官達の集まりに参加しました。
この国には120人の教育視察官が、
全国の約1400の小学校の
教育状況・水準 を視察・指導して
回らなければいけない筈が、
特に村落部では公共交通手段がない為、
炎天下に数十キロ離れた学校間を
移動する困難さから、
この視察のシステ ムは
殆ど機能していませんでした。
そこで、私の所属機関が
全国の視察官達に
視察用のバイクを供給する支援を
今年上旬に行いました。
これは大ヒットで教育視 察官達は大喜び!
「これでやっと今まで遠くて
一度も訪れる事が出来なかった学校にも
視察に行ける!ありがとう!」と
供与した後しばらくは出張に行く度に
やる気満々の顔で感謝され、
こちらも嬉しくなりました。
しかし今回参加した集まりでは、
そのバイクが話題に上がると
「バイクがあってもガソリンがなきゃ、
視 察に行けない」と
視察ができない言い訳が
今度はガソリンが足りない事に対する不満に
化けて吹き出て来ました・・・。
「一体どこまで提供すれば気が済む の?」と
ややゲンナリして来つつ、
持続性の視点から
給与やガソリン等の維持経費は
国の予算から支払われるべきで、
援助団体が請負ってはいけない由を
力説して来たのですが、納得したかどうか・・・。
このお仕事は遣り甲斐溢れ最高な日もあれば、
今回みたいにがっかりさせられる日もあり、
浮き沈みが激しいんだよな~、
とこれを書きながら思いました。
でも、それはきっとどんなお仕事でもそうなのでしょう。
だから、この「がっかりモード」を
どうやってポジティブに変えていけるかで、
その後どれだけ自分が遣 り甲斐を感じれるかに
差が出てくるのかも知れません。
そう信じて、明日からはポジティブ思考心がけるべし。
(<=と自分に言い聞かせてる・・・)
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